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最高裁判所第一小法廷 平成7年(あ)246号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人小野慶二ほか四名の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例はいずれも事案を異にし本件に適切でなく、その余は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

なお、所論にかんがみ、第一審判決判示第二の一の融資における特別背任罪(平成二年法律第六四号による改正前の商法四八六条一項)の成立について、職権をもって検討する。

一  右融資は、株式会社平和相互銀行が、昭和五七年一一月一七日、株式会社Aクラブの株式会社B及び株式会社Cに対する土地売却に当たり、その購入資金、開発資金及び利払い資金として合計八八億円をB及びCに対して貸し付けたというものであるところ、原判決の認定によれば、右融資に関する事実関係は、次のとおりである。

1  Aクラブは、昭和四八年三月から、会員制レジャークラブの会員を募集し、各会員から据置期間を一〇年として会員権預り保証金を預かっていたが、昭和五八年三月以降順次その据置期間が経過することになっており、右据置期間経過後に償還請求が殺到するのではないかと危惧される状況であった。なお、Aクラブは、平和相互銀行の創業者が設立した会社であり、同銀行とは、資本、人、業務等の種々の面で極めて密接な関係を持ち、Aクラブの倒産が平和相互銀行の危機につながることもあり得るような関係にあった。

2  Aクラブでは、右償還問題の対策の一環として、同社の遊休資産を売却して償還資金を捻出することを考え、昭和五七年三月ころ、同社の幹部が被告人に対してもその協力を依頼した。なお、被告人は、平和相互銀行の監査役、顧問弁護士であった上、同銀行の経営全般について強い発言力を持ち、同銀行幹部らは、困難な問題があると被告人の判断を仰ぐなど、同銀行の枢要な人物として被告人に依存していた状況にあった。

3  そこで、被告人は、Aクラブが所有していた遊休資産である神戸市北区八多町屏風等所在の土地(以下「屏風物件」という。)を六〇億円程度で売却できる先を捜すよう知人に依頼し、その結果、Bを経営するXが購入の意向を示し、B及びXの知人の経営するCがこれを購入する話が具体化していった。そして、Xが代金の支払につき融資を受けることを希望したことから、被告人は、平和相互銀行の融資業務担当者らにそのことを伝え、同銀行の担当者らがBの事務所を訪ねて融資の当否に関する調査をする際に同行するなどした。

4  しかしながら、右調査の結果等によると、Xは、売買代金の六〇億円のほか、開発資金二〇億円及び利払い資金の融資も希望しているが、融資の物的担保としては屏風物件があるのみで、その時価は約六〇億円にとどまり、B、Cの経営者等が連帯保証をするとはいえ、希望どおり融資すると、担保が大幅に不足することが明らかであった。のみならず、B、C両社とも、業況、資産、信用状態等が甚だしく不良であり、Xは屏風物件を宅地等として開発する意図があると言うものの開発計画に具体性がなく、右開発資金の使途等もあいまいであって、このような融資を実行することが平和相互銀行の融資事務取扱要領等に違反することは明らかであり、右融資を実行すれば融資金の回収が困難に陥るおそれがあることも明らかであった。また、屏風物件の売却がAクラブの償還問題解決のため意味があるとはいえ、償還請求が予想されるまでにはいまだ数箇月の余裕があり、他に買受先を捜し、他の遊休資産の売却を試み、あるいはAクラブが別に融資を受けることを検討するなど、他の方途を探ることも可能であって、その他、本件融資に至るまでの経過にもかんがみると、結局、右のように問題の大きい融資を実行してまでもなお屏風物件を売却して当面の償還資金を確保する必要性、緊急性は存在しなかった。

5  同年一一月八日、平和相互銀行の融資業務担当常務取締役乙、同業務担当取締役丙らは、他の融資業務担当者らとともに本件融資の当否について検討したところ、前記のような問題点があるため、全員融資に消極の意見であったが、被告人の平和相互銀行における前記立場に加え、本件がもともと被告人の持ち込んだ案件であったこと等を考慮して、被告人の意向を確かめることにし、丙が被告人を訪ねて、その意向をただした。これに対し、被告人は、本件融資の右問題性を承知しながら、融資を実行するほかないという意向を示し、乙、丙らも、被告人の右意向表明を受けて、本件融資実行の意思を固め、代表取締役社長甲も、右経緯の報告を受けて、本件融資の実行を了承した。こうして、同月一七日、屏風物件の購入資金六〇億円、開発資金二〇億円及び貸付け後一年分の利息支払資金八億円の合計八八億円を平和相互銀行からB及びCに対して貸し付ける本件融資が実行されるに至った。

6  前記のような本件融資の経緯等に照らすと、融資業務を統括しあるいは担当する甲、乙、丙(以下「甲ら」という。)が本件融資を実行するに当たっては、Aクラブに会員権預り保証金償還資金を確保させて、前記償還問題の解決を図り、ひいては平和相互銀行の利益を図るという動機もあったと認められなくはない。しかしながら、甲らが前記4のような本件融資の問題点を知りながらあえて融資に踏み切ったのは、自らの職責を十分果たさずに責任を回避し、主体的な判断をしないで、被告人が持ってきた案件であり、被告人が融資してもいいと言っているからそれを支えとして融資を実行するという、極めて安易かつ無責任な経営姿勢によるということができ、Aクラブの償還問題の解決のため、ひいては平和相互銀行のためという動機は、本件融資の決定的な動機ではなかった。被告人についても、前記のような本件融資の問題性にもかかわらず、あえてその実行に積極の意向を表明してこれに関与したのは、本件が被告人の手掛けてきた案件であり、売却先を捜すに当たり間に入ってもらっていた知人との関係もあって、今更引き下がるわけにいかないという事情があったことによるものであり、Aクラブの償還問題の解決のためという動機があったとしても、この段階ではそれは潜在的なものにとどまっていた。

二  以上の事実関係によれば、被告人及び甲らは、本件融資がAクラブに対し、遊休資産化していた土地を売却してその代金を直ちに入手できるようにするなどの利益を与えるとともに、B及びCに対し、大幅な担保不足であるのに多額の融資を受けられるという利益を与えることになることを認識しつつ、あえて右融資を行うこととしたことが明らかである。そして、被告人及び甲らには、本件融資に際し、Aクラブが募集していたレジャークラブ会員権の預り保証金の償還資金を同社に確保させることにより、ひいては、Aクラブと密接な関係にある平和相互銀行の利益を図るという動機があったにしても、右資金の確保のために平和相互銀行にとって極めて問題が大きい本件融資を行わなければならないという必要性、緊急性は認められないこと等にも照らすと、前記一6のとおり、それは融資の決定的な動機ではなく、本件融資は、主として右のようにAクラブ、B及びCの利益を図る目的をもって行われたということができる。そうすると、被告人及び甲らには、本件融資につき特別背任罪におけるいわゆる図利目的があったというに妨げなく、被告人につき甲らとの共謀による同罪の成立が認められるというべきであるから、これと同旨の原判断は正当である。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 大出峻郎)

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